湘南水交会は、令和7年3月21日(金)13時30分から、北鎌倉の建長寺内正統院において「神雷部隊慰霊祭」を執り行いました。
2日前は関東地方でも雪の降る寒さでしたが、当日は天候にも恵まれ、春らしい陽射しの中、足立尚史 様をはじめとする神雷部隊のご遺族・関係者の皆様や、海上自衛隊横須賀地方総監部管理部長 三好昇次 1等海佐、(公財)特攻隊戦没者慰霊顕彰会の中村敏弘 評議員などをお迎えし、湘南水交会の有志会員等を含む34名の参加者の思いを神雷部隊829柱の英霊にお伝えすることができました。
慰霊祭は「海ゆかば」が流れる中での「黙祷」に始まり、執行者である湘南水交会 眞木会長の「追悼の辞」、正統院の雪(すすぎ)ご住職・副住職の読経の下で参列者の焼香および拝礼を行い、80年前、大空に散華された英霊の安らかなることをお祈りしました。
慰霊祭の後は、場所を正統院本堂に移し、ご住職・副住職にもご臨席を頂いて茶話会を行いましたが、眞木会長挨拶に続き、海上自衛隊からの参加者として横須賀地方総監部管理部長 三好1佐からのご挨拶があり、先人の遺志を受け継ぎ、我が国の平和を築くために我々もしっかりと任務に邁進してゆくという力強い決意表明をいただきました。
今年で大東亜戦争終戦から80年の節目となる慰霊祭の実施にあたり、多大なご支援を頂いた正統院の雪ご住職をはじめ、建長寺の皆様、ご参列を頂いた皆様に改めて感謝を申し上げますともに、湘南水交会はこれからも先の大戦において祖国の礎となられた英霊のお姿とその思いを忘れることなく次の世代に語り継ぎ、慰霊を続けてまいります。
(渡邊企画担当幹事 記)



【参考】
「神雷部隊」とは、大東亜戦争における戦局が厳しさを増す昭和19年10月、ロケット特攻兵器「桜花」、その母機である一式陸上攻撃機と掩護戦闘機により編成された海軍第721航空隊の別称です。
「神雷戦士の碑」は、昭和40年当時、元隊員で建長寺正統院住職であった竹谷行康氏(一飛曹)と元隊員のご尽力により同院墓地の背後にある洞窟の中に建立されました。以後この慰霊碑は正統院住職により守られてきましたが、平成5年には、「桜花」による特攻に加え、映画「永遠の0(ゼロ)」でも描かれた721部隊の爆装零戦による特攻等を含め、神雷部隊の戦没者829柱すべての氏名及び出撃年月日、出身県名等が彫りこまれた現在のステンレス製の碑に改修されました。
本慰霊祭は、鎌倉水交会が昭和48年、総会を正統院で開催したのを機に、最初の神雷部隊特攻が行われた昭和20年3月21日に因んで、毎年3月21日に挙行するようになり、平成14年、鎌倉水交会が湘南水交会に大同合併した以後は湘南水交会が受け継いで実施しているものです。

